香木の正体 1
香道の本質が、わずか数ミリ角の小さな香木のかけらの中に隠れていることは、以前に触れました。香木なくして香道は成り立たないのですが、その正体については案外正確に知られていない様です。今号では、昨年四月号の内容を補足し、もう少し詳しく述べることにします。
香道に用いられる香木は、一つの例外を除いて、三種類に分類することが出来ます。すなわち、白檀の仲間、沈香の仲間、そして黄熟香の仲間です。
白檀は、植物学的には一種ですが、原産地であるインドの他、インドネシア・トンガ・台湾・ハワイなど、熱帯地域を中心に幅広く分布しています。日本には全く生育せず、「おうち」・「びゃくしん」・「このてがしわ」などが誤解された例が見受けられます。
高さ十五メートルを超す常緑高木ですが、根を通じて他の植物から養分を吸収する、半寄生植物なのです。
樹皮が白く見えることから白檀と呼ばれますが、芯材は赤みを帯びた薄茶色で、含有する五パーセント程度のオイル分が清涼感のある芳香を発します。生育中の生木の状態でも良く香るため、匂い袋などの中身として用いられる掛香の主要な原料として多用されます。防虫効果もあり、正倉院の御物に添えられた例が見られます。
良質のものはインド産に限られます。他の地域のものは、外見からは判断しづらいものの、香りも悪く、質も良くないことが多いため、例えば扇子などに加工された場合、人工的な匂いをつけられるのが一般的です。白檀の香りを嫌う方がおられるのは、そのせいかと思われます。
『日本書紀』推古帝三年の条に「三年の四月に、沈水淡路嶋に漂着れり。其の大きさ一囲。嶋人、沈水ということを知らずして、薪に交てて竈に焼く、其の烟気、遠く薫る 即ち異なりとして献る。」とあります。日本への香木伝来の初めとされる著名な記述ですが、ここに言う「沈水」とは、実は白檀であった可能性が極めて高いと考えられます。
『聖徳太子伝歴』によると、太子はこの「沈水」を見て、これは沈水香であり、又の名を栴檀香と言い、南天竺国の南岸に生ずるものでその実は鶏舌香、花は丁香、樹脂は薫陸香となり、水に良く沈むのを沈香とし、浮き沈みするものを棧香とすると解説したとあります。言い伝えによると、太子は後にこの香木で法隆寺夢殿の観世音像を刻み、その余材が「法隆寺」別名「太子」と命銘されたとのことです。
沈水香と栴檀香とが混同されていることからも、当時の香木に対する知識の程度が伺い知れるのですが、ここに言う栴檀香が、白檀であったことは間違いないと思われます。
仏教誕生の地に産する霊木は、その方向もさることながら、彫刻の材料として優れた特徴を備えており、仏像をはじめ念珠などに重用されたのです。
沈香の仲間については、次号で触れることにします。