Column

2010.07.11

香木について

香りを持つ木は世の中にたくさん存在しますが、香雅堂が扱う「香木」は、次の3種類に大別されます。 1.白檀(=栴檀)の仲間 2.沈水香木(=沈香)の仲間(含、伽羅) 3.黄熟香の仲間 以下に、順次解説して行きます。 (内容は、鎌倉新書刊『月刊仏事』に連載中の『薫りを愛でる心』を加筆・訂正したものです。ご質問等がございましたら、mail@kogado.co.jpまでお寄せ下さい。)

 

白檀(=栴檀)1

「栴檀は双葉より芳し」と言います。将来に大成する人は、幼少の頃からその片鱗を窺わせるといった意味で用いられるようですが、その「栴檀」とは、白檀を指します。(インド産白檀の種子を入手し、発芽させた経験がありますが、双葉からは何の香りもしませんでした。)白檀は、植物学的には一種しか無いのですが、熱帯・亜熱帯を中心にして、幅広い国々に産出します。もちろん日本では自生できず、似たような植物が白檀と間違って認識される例があるのみです。
(例外として、『小石川植物園』において白檀が育てられています。興味がある方には、ご見学をお勧めします。)

主な産地は、インドです。インドネシア・ミャンマー・台湾・オーストラリア・アフリカ・ハワイなどに産出するものは、見かけはインド産に似ている場合があるものの、香りは遥かに劣ります。
白檀の原木は、高さ20mにも達する常緑喬木で、樹皮と白太(辺材)を取り除いて赤銅色の心材を乾燥させると、清涼感のある柔らかな芳香を放ちます。上質の白檀には5%程度の白檀オイルが含まれており、その主成分はサンタロールで、殺菌・血行促進作用に優れています。

 

白檀2

日本に最初に香木が渡来したとされる例が、『日本書紀』に記されています。
推古帝三年に、淡路島にひと抱えもの太さの木が漂着し、島民が竈で焚いたところ遠くまで香りが漂ったため、驚いてそれを朝廷に献上したというのが、凡その筋書きです。それが果たして歴史上の事実なのかどうか、誰にも判らないことではありますが、案外、作り話でもないと思います。歴史資料を精査された松久保秀胤師(前薬師寺管主)にお話しを伺う機会がありましたが、どうやらその漂着に先立って、淡路島の沖合いが大嵐に見舞われたとの資料が存在するらしく、それが事実であれば、難破した貿易船から積荷であった香木が海上を漂い、島に打ち上げられたという可能性は高いと思えるのです。それは即ち、それ以前に香木が日本に伝来していたことを裏付けることになります。日本書紀の記述には様々な尾ひれがつき、「栴檀香、またの名を沈水香木」と鑑定した聖徳太子が、その香木で観音様を彫られた等の話も残っているようです。「栴檀香=沈水香木」というのは明らかな誤りですが、当時の知識がまだまだ浅く、大半は中国からの僅かな情報に基づいていたことが良く理解できます。流れ着いた香木の大きさなどから判断すると、それが栴檀即ち白檀であったことは、ほぼ間違いないと思われます。

 

白檀3

聖徳太子が、淡路島に漂着した香木を用いて法隆寺夢殿の観音様を彫られたのかどうか、真偽のほどは確認できないのですが、インド産の白檀が彫刻材として大変に優れた特性を持っていることは、間違いの無いことです。材質は堅牢ですが、オイル分を含んでいるために滑らかで、良く研ぎ澄まされた刀を適切に入れることにより、驚くほど美しい肌を現します。簡単に欠けたりもしませんから、細かい細工や微妙な表現にも十分に耐えることが出来ます。難点は、大きな材料に恵まれることが困難なため、立像ならば7寸か8寸、坐像ならば4寸か5寸程度がせいぜいで、それを上回るものを彫ることは容易ではないことです。また、他の材と違ってオイル分が接着剤を浮かすため、寄木造りの手法が使えない事情もあります。
色んな分野で利用価値が高い上質の白檀ですが、インド政府の方針により丸太での輸出が禁じられて久しく、我が国の仏師さん達は大変に困っておられる現状です。それでなくても、海外で安価に製作された仏像が大量に出回るようになり、仏師さん達が昔ながらの伝統技法を守ることが困難な時代になって来ていますから、なおさらです。このまま安価な仏像が国産の仏像を駆逐するような流れが加速するならば、聖徳太子の伝説を引き継ぐ仏師さん達もやがては途絶えてしまう恐れがあり、由々しき事態と懸念されます。さりとて、材料を供給する側も資源不足に頭を痛める現状で、抜本的な改善策が望まれるところです。

 

2.沈水香木(=沈香)の仲間

「沈水香木」とは、文字通り「水に沈む」ことから名づけられたもので、通常は略して沈香と呼ばれます。沈香の仲間には伽羅も含まれ、古くは単に「沈(ぢむ)」と総称されていたと思われます。(伽羅を沈香に含めるのは、元になる原木=沈香樹=が同じ種類だからです。)植物学的に1種しか存在せず、しかも原木が生えていれば、それがすなわち香木と言える白檀に比べて、沈香の場合には、事情がかなり複雑になります。第一に、「沈香」或いは「伽羅」という木は、存在しません。(庭木として知られている「キャラボク」は、香木とは無関係です。)更には、原木となる植物が10種類以上知られています。いずれも、「ジンチョウゲ科アキラリア属」の仲間(以下、「沈香樹」と呼称)ですが、ジンチョウゲ科と言っても高さ20mを超える大木に育ち、それらが生育する地域は、ベトナムを主としてタイ、インドネシアなど、東南アジアの山岳・密林地帯に限られています。沈香樹の大きな特徴は、水分や養分を運ぶ組織の他に、通常は使用されない、特殊な管状の組織を持っていることで、その役割については、後ほど触れます。他の特徴としては、組織がかなり柔らかく、年輪もさほどはっきりしていなくて、とにかく軽いことが挙げられます。“まるで軽石のような樹木”と言えば判り易いでしょうか。水に放り込めば、プカプカと浮きます。重要なことは、通常の生育状態では、香りなど一切出さないことです。檜や杉のような香りさえ、全く持っていないのです。そんな沈香樹から産み出される沈香や伽羅は、一体、何なのでしょうか?その答えの鍵となるのは、「樹脂」です。松や杉・檜などが滲出させる脂(やに)に近いもので、白檀などが組織に含むオイル分とは性質が全く異なります。特徴的なことは、健康な状態にある場合は、組織の何処にも、樹脂の形跡すら認められないことです。樹脂が分泌されるのは、樹皮に虫が穴を開けるなど、何らかの外傷が生じた時に限られるようです。人間の場合であれば、傷口に白血球が集まって、侵入した外敵(細菌など)を駆逐するようですが、沈香樹の場合は、先ほどの管状組織を使って、樹脂を患部に集めるのです。それは、例えば植物が害虫を追い払うために分泌する「フィトンチッド」のような物質に近いものと考えることができ、香木が薬効を持つとされることと大いに関係があると思われます。気が遠くなるような歳月の経過と共に、樹脂分は組織に沈着し、組織の性質そのものまで変えてしまいます。健康だった組織はやがて枯れ、朽ちてしまいますが、樹脂分によって変質した部分は決して朽ちることなく、加熱しない限り、永遠の生命を得るのです。 そして、そのような部分を「沈香(或いは伽羅)」と呼ぶのです。樹脂化した部分は化石に近い状態となり、比重は1を大きく超え、もはや水に浮くことはありません。

3.黄熟香の仲間

外見上は沈水香木の仲間と大変に紛らわしいのですが、内容は明らかに異質な香木が存在します。恐らくは、原木が「ジンチョウゲ科」ではあるものの、そこから先の「属」が異なるのではないかと考えています。香道御家流に於いて、寸門陀羅として分類されることが多いのが、その仲間です。香雅堂では、それらを総称して「黄熟香の仲間」と呼んでいます。沈水香木の仲間との最大の違いは、組織が樹脂化して芳香を放つのではなく、オイル分が揮発することによって香気を発するという点です。その点では、黄熟香はむしろ白檀に近い性質を持っていると思います。
香気の特徴としては、沈香の仲間が清楚でありながら深い奥行きと複雑に味が絡み合う豊かさを持っているのに比べて、黄熟香はどちらかと言えば単調で、火加減によっては強烈な個性を顕わにします。香気の立ち方だけを採り上げれば、専門の加工工場で人工的に作り出される“伽羅”と酷似しており、捉え易さという点で、共通すると考えています。

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